2021年03月11日
震災から10年か…の事。
3月11日。14時46分。こわかったですね。
(「3.11」という言い方はあまり好きではありません…わざわざそう表現しなくても…と個人的な気持ち。)
あれから10年経つとは思えない位きっとみんなあの時を鮮明に覚えている事でしょう。
私も こわかったけど、その中で一生忘れる事の出来ないある「重要な再確認」をしました。
私はその日休みだったダンナさんと、私達の地域では大きめのインテリア専門店にいました。
私の職場の上司が異動になるため、贈り物を買いに行ったのです。
私とダンナさんはいつも「同じ店内でも買い物は別行動」をします。
ダンナさんはじっくり順番に眺めたい派。私は目的の物にまっすぐ行ってチャッチャと終わらせたい派なのでリズムが合わないのです。
その時も、私はダンナさんと離れて、一人でグラスやカップ等の食器コーナーを見ていました。
しばらくすると、地震の揺れを感じはじめました。
(そのうちおさまるかな…)
私はその場でじっと立ったまま様子をみていました。
しかし全く揺れはおさまるどころか、どんどん強さを増して 店内はお客さん達の悲鳴で騒然となりました。
棚のほとんどは私の身長より高いものばかりでした。
あっという間に棚からどんどん食器が床に落ちだしました。
その瞬間どこからかダッシュで駆けつけたダンナさんが、バッと私の肩を抱え自分のかげに隠して店の出入口から走って連れ出してくれたのです。
駐車場に出た私達はそれはそれは恐ろしい光景を目にしました。
店内は次々と商品がガッシャンガッシャン落ち、ガラスは割れ落ち、スプリンクラーは作動して水が出ていました。
駐車場の隣の家の瓦屋根はザーッと滑り落ちていきました。
私達の地域は震度6弱でした。(先日の地震も同じ震度でしたが、この時は揺れている時間が桁違いに長かったです。)
揺れてしなる電柱、それによってブンブン音をたててはねる電線。バウンドする車。
駐車場に出た他の人達もあまりの揺れの大きさに、みんな立ってはいられず、地面に這いつくばっていました。
そして忘れられない気象現象。
その日はまぁ雲ってはいたものの、薄日がさす穏やかな天気でした。
でも、その大きな揺れの後 急に突風と共に雪が降りだして 猛吹雪になりました。
それを見た時に
「あぁ もうこの世は終わりだ…」と思った事を今でもはっきりと覚えています。
それから震度5クラスの余震が何度も起きました。
ダンナさんはその時もすぐ職場へ駆けつけなければなりませんでしたので、
私達は車に乗って、近くに住む私の母親と私を合流させるため 私の実家に向かいました。
途中、道路を走る犬を見かけました。
きっと外で過ごしていたワンコが地震に驚いて逃げだしてしまったのでしょう。
道路を走る車の間をぬって駆けていきました…
私の母親もめちゃくちゃな家の中でボーゼンと立ち尽くしていました。
家に入ってきた私の声を聞いて「夢かと思った」そうです。
めちゃくちゃな建物。津波。原発の爆発。
ニュースで観る光景はこの世のものとは思えない惨劇でした。
今でも観ると泣きそうになります。
あの時ダンナさんは、一人で店内のマッサージチェアのお試しをするのにそれに座っていたそうです。
それで全身で底から感じた突き上げるような地震の衝撃に、瞬時に「今までと違う!」と思ったそうです。
そして店内にいる私を探し出して助けてくれたのですが。
その時の私は「地蔵のように重かった」らしいです。
無意識にフリーズしていたのかな…。いつものようにすぐおさまるだろう、なんて思っていましたから。
ダンナさんは瞬発力がすごいです。
私は食べる時だけ早くて、あとはわりとのっそりとしているので「スローロリス」と言われます(T▽T)
とにもかくにも、その時のダンナさんはまるで少女マンガや映画の中のヒーローのようでした。
そういう究極の時にその人本来の姿が見えるといいますけども。
この出来事で改めて「あぁ、今後どんな時でもこの人は助けに来てくれるだろう」と思いました。
一生ついて行きます!アニキ!←ダンナさんは私より7つ年上です。
当時ニノさんは生まれていませんでしたが。
例えばその時ニノさんがいて、一人お家で留守番していたら?と考えると泣きそうになります。
でも実際そいうい子はたくさんいたわけで。
きっと今でも大きな揺れには恐怖の思い出がよみがえるでしょうね。
地震や津波で犠牲になった方々。動物達。
みんなどれだけこわかっただろう。。。
残った私達はあの日の経験を忘れずに活かして生きていく。
それが最低限出来ること。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。

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(「3.11」という言い方はあまり好きではありません…わざわざそう表現しなくても…と個人的な気持ち。)
あれから10年経つとは思えない位きっとみんなあの時を鮮明に覚えている事でしょう。
私も こわかったけど、その中で一生忘れる事の出来ないある「重要な再確認」をしました。
私はその日休みだったダンナさんと、私達の地域では大きめのインテリア専門店にいました。
私の職場の上司が異動になるため、贈り物を買いに行ったのです。
私とダンナさんはいつも「同じ店内でも買い物は別行動」をします。
ダンナさんはじっくり順番に眺めたい派。私は目的の物にまっすぐ行ってチャッチャと終わらせたい派なのでリズムが合わないのです。
その時も、私はダンナさんと離れて、一人でグラスやカップ等の食器コーナーを見ていました。
しばらくすると、地震の揺れを感じはじめました。
(そのうちおさまるかな…)
私はその場でじっと立ったまま様子をみていました。
しかし全く揺れはおさまるどころか、どんどん強さを増して 店内はお客さん達の悲鳴で騒然となりました。
棚のほとんどは私の身長より高いものばかりでした。
あっという間に棚からどんどん食器が床に落ちだしました。
その瞬間どこからかダッシュで駆けつけたダンナさんが、バッと私の肩を抱え自分のかげに隠して店の出入口から走って連れ出してくれたのです。
駐車場に出た私達はそれはそれは恐ろしい光景を目にしました。
店内は次々と商品がガッシャンガッシャン落ち、ガラスは割れ落ち、スプリンクラーは作動して水が出ていました。
駐車場の隣の家の瓦屋根はザーッと滑り落ちていきました。
私達の地域は震度6弱でした。(先日の地震も同じ震度でしたが、この時は揺れている時間が桁違いに長かったです。)
揺れてしなる電柱、それによってブンブン音をたててはねる電線。バウンドする車。
駐車場に出た他の人達もあまりの揺れの大きさに、みんな立ってはいられず、地面に這いつくばっていました。
そして忘れられない気象現象。
その日はまぁ雲ってはいたものの、薄日がさす穏やかな天気でした。
でも、その大きな揺れの後 急に突風と共に雪が降りだして 猛吹雪になりました。
それを見た時に
「あぁ もうこの世は終わりだ…」と思った事を今でもはっきりと覚えています。
それから震度5クラスの余震が何度も起きました。
ダンナさんはその時もすぐ職場へ駆けつけなければなりませんでしたので、
私達は車に乗って、近くに住む私の母親と私を合流させるため 私の実家に向かいました。
途中、道路を走る犬を見かけました。
きっと外で過ごしていたワンコが地震に驚いて逃げだしてしまったのでしょう。
道路を走る車の間をぬって駆けていきました…
私の母親もめちゃくちゃな家の中でボーゼンと立ち尽くしていました。
家に入ってきた私の声を聞いて「夢かと思った」そうです。
めちゃくちゃな建物。津波。原発の爆発。
ニュースで観る光景はこの世のものとは思えない惨劇でした。
今でも観ると泣きそうになります。
あの時ダンナさんは、一人で店内のマッサージチェアのお試しをするのにそれに座っていたそうです。
それで全身で底から感じた突き上げるような地震の衝撃に、瞬時に「今までと違う!」と思ったそうです。
そして店内にいる私を探し出して助けてくれたのですが。
その時の私は「地蔵のように重かった」らしいです。
無意識にフリーズしていたのかな…。いつものようにすぐおさまるだろう、なんて思っていましたから。
ダンナさんは瞬発力がすごいです。
私は食べる時だけ早くて、あとはわりとのっそりとしているので「スローロリス」と言われます(T▽T)
とにもかくにも、その時のダンナさんはまるで少女マンガや映画の中のヒーローのようでした。
そういう究極の時にその人本来の姿が見えるといいますけども。
この出来事で改めて「あぁ、今後どんな時でもこの人は助けに来てくれるだろう」と思いました。
一生ついて行きます!アニキ!←ダンナさんは私より7つ年上です。
当時ニノさんは生まれていませんでしたが。
例えばその時ニノさんがいて、一人お家で留守番していたら?と考えると泣きそうになります。
でも実際そいうい子はたくさんいたわけで。
きっと今でも大きな揺れには恐怖の思い出がよみがえるでしょうね。
地震や津波で犠牲になった方々。動物達。
みんなどれだけこわかっただろう。。。
残った私達はあの日の経験を忘れずに活かして生きていく。
それが最低限出来ること。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
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mikinino0617 at 09:58│Comments(2)│災害時のニノさんちの事。
この記事へのコメント
1. Posted by ベンジー 2021年03月11日 12:37
ぱぱさん素敵な方ですね。危機的な状況に落ち着いて行動できる方ってなかなかおられないと思います。10年前、次女の育児休暇中で自宅へいた私ですが、遠く遠く離れた私の地域にも津波警報が出て一斉放送がかかりました。テレビのこの世のものと思えない映像を見て震えながら、慌てて長女を手元に置いておかねば…と思い、保育所へ迎えに行ったこと、やはり忘れられません。
2. Posted by みきすけ 2021年03月11日 17:22
>>ベンジーさん
本当に今でも鮮明に覚えている位に衝撃的な出来事でしたよね…。
ダンナさんは瞬発力、私は持久力?ニノさんは…癒し力?(;^_^A
それぞれお互いに足りない部分を補い合いながら生活しています☆
有事の時、家族が同じ場所にいられないのは本当に心配ですよね。
この先間違いなくまた起こるであろう大地震や自然災害。
普段から備えて、出来るだけ冷静に対処せねば、ですね。
本当に今でも鮮明に覚えている位に衝撃的な出来事でしたよね…。
ダンナさんは瞬発力、私は持久力?ニノさんは…癒し力?(;^_^A
それぞれお互いに足りない部分を補い合いながら生活しています☆
有事の時、家族が同じ場所にいられないのは本当に心配ですよね。
この先間違いなくまた起こるであろう大地震や自然災害。
普段から備えて、出来るだけ冷静に対処せねば、ですね。








